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01年WRCチャンピオン、リチャード・バーンズが死去。ショック! [WRC]

 WRCが好きな人は、スカンジナビア半島のドライバーを好む人が多いと思いますが、僕はこの英国人ドライバーの二人がすっと好きでした。

この二人はラリーをするために生まれてきたのだと思います。(バーンズ&マクレー

スバルの時のバーンズは本当に最高!でした。非常にショックです。やすらかに・・・

による

2001年のWRCチャンピオン、リチャード・バーンズが長い闘病生活の末、11月25日、34歳という若さで亡くなった。ミツビシ、スバル、プジョーで活躍したバーンズだったが、タイトル争いの最中の03年の最終戦、ウェールズ・ラリーGBに向かう途中で脳腫瘍による発作が起き、ラリーを欠場しその後は病気治療に専念していた。

 03年のラリーGBへ向かう途中、運転中に突然気を失ったバーンズは、隣に乗っていたマルコ・マルティンが助手席からクルマを路肩へと運転し、その後、病院へと運ばれた。検査の結果、脳に星状膠細胞腫が見つかり、以降、治療生活を行っていた。今年の初めにも手術を行っていたが、11月25日、家族や友人が見守る中、その生涯を終えた。

「治療の初期からリチャードは完治の難しい病気だということはわかっていたが、彼はこの病に勇気と明るい、前向きな気持ちで立ち向かっていきました」と家族からの文書には書かれている。「化学療法と放射線治療の結果、リチャードは04年の夏には退院することができ、そこから病状がよくなりましたが、6カ月くらい過ぎたところから再び、健康状態が悪化してきたのです」

「病気に負けないと決意した彼は今年初めに手術を受け、そのおかげで病状は軽くなり、元気でいることができたのです。8月にキャッスル クームでのイベントにはリチャードも出席し、彼が歴代ドライブしたクルマによるパレードを見学しました。そこで受けた温かな歓迎にリチャードは喜んでいました」
「しかし残念なことに奇跡は起きず、ここ数日彼は昏睡状態にあり、最後は息を引き取ったのでした。葬儀の日程は近いうちにお知らせする予定です」とバーンズが最後まで強い心で病気と闘っていたことを綴っている。

 バーンズはWRC104戦に出場、10勝を挙げた。初優勝はミツビシでドライブしていた98年のサファリラリー。翌年、スバルに移籍し99、00年は選手権2位となると、01年にはチャンピオンを獲得。02年にはプジョーに移籍したが、プジョーでの2年間は勝利には恵まれなかった。しかし、03年は未勝利ながらタイトル争いに絡み、最終戦を迎える段階ではトップのセバスチャン・ロウブから5点差の58ポイントを獲得していた。そして04年には再びスバルに戻ることが決定していたのだが、03シーズンを終える前に闘病生活を余儀なくされていた。心より冥福を祈りたい。

http://www.richardburns.com/

 

RICHARD BURNS

1971年生まれ。イギリス人。

01年WRCドライバーチャンピオン

キャリアスバルで始めたものの、表彰台三菱に移籍してから。

当時はウベ・ニッテルと住み分けての参戦だった。

99年にスバルへ復帰。順調に成績を伸ばして01年にはチャンピオンに。

その後プジョーに移籍するもグロンホルムの後塵を拝する。

しかも03年には脳腫瘍にてドクターストップ。元々血液型がRh-という

リスクを負っての参戦ではあったが、まさかの結末。今に至るも復帰の

見込みは立たず、実質引退に追い込まれている。

2005年11月25日脳腫瘍により死去。 

 享年34歳。まだ早過ぎるよ!


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